横浜地方裁判所 昭和35年(ワ)783号 判決 1961年7月24日
事実
原告神奈川県医師信用組合は請求原因として、被告曾根政雄は被告安全産業株式会社(以下被告会社という)に宛て、振出の日を夫々昭和三十一年七月二十日及び同月二十五日とする金額金五十万円、満期の日白地の約束手形各一通を振り出し、被告会社はこれらを被告北島武男に、次いで被告北島はこれらを原告に、何れも拒絶証書の作成義務を免除した裏書により譲渡した。そこで原告は、右約束手形の各満期を昭和三十五年六月八日と補充した上、訴外三井銀行に対し取立委任のための裏書譲渡をなしたところ、同銀行は同日右手形を支払のため支払場所に呈示したがその支払を拒絶されたので、原告は右各手形を右銀行から回収した。以上の次第であるから、原告は被告等に対し、合同して右手形金合計金百万円及びこれに対する完済までの利息の支払を求める、と主張した。
被告曾根政雄は答弁として、同被告が被告会社宛て原告主張の満期の日の記載欄を空白とした約束手形二通を振り出したこと、及び原告がこれらを呈示してその支払を拒絶された事実は認めるが、被告が右各約束手形の振出に当り、被告会社に対し満期の補充権を与えたこと及びその余の事実は全部否認すると述べ、更に抗弁として、右約束手形は、従来被告曾根が被告会社のため機械製造の下請負をしていた関係で、被告会社に対し部品購入の必要が生じたときはその代金として使用する約定のもとに、これを振り出したものであるが、被告曾根は機械の製造を中止したので、何れも必要がなくなり、被告会社は被告曾根に対し、これらを返還することを約し、このことは右当事者間の東京地方裁判所昭和三十四年(ワ)第六三八六号手形金請求事件において、昭和三十五年七月六日に成立した調停により確認された。そして原告は、これらの事実を知りながら右約束手形を取得したものである。
また、前記約束手形の振出日は昭和三十一年七月二十日及び同月二十五日であるが、元来手形の満期日は普通振出の日から三十日ないし百二十日であることは一般取引会社において商慣習として公知の事実であるから、右約束手形は、何れもその満期の日から三年の時効期間を経過して消滅した。よつて被告曾根には右各手形について支払義務はない、と主張した。
被告北島武男及び被告会社は答弁として、原告がその請求原因として主張した事実はすべて認める、と述べた。
理由
先ず、被告曾根の関係について判断すると、同被告が被告会社宛て満期の日の記載欄を空白とした原告主張の約束手形二通を振り出したことは当事者間に争いがなく、本件手形(甲第一号証の一及び甲第二号証の一)の裏面には何れも第一次に被告会社の、第二次に被告北島の各白地式裏書があり、外観上裏書の連続に欠けるところがないから、原告は本件約束手形の適法の所持人と認めるべきである。そして原告がこれらの満期を何れも昭和三十五年六月八日と補充したことは本件口頭弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、その各満期の日に原告が右約束手形を支払のため支払場所に呈示したところ、支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。
被告曾根は、右約束手形の振出に当り、被告会社に対し満期の日の補充権を与えなかつた旨主張するけれども、手形がその用紙の満期の日の記載欄を空白にしたまま振り出された場合には、反対の特約がない限り、振出人は受取人に対し暗黙に、右満期の日の補充権を与える趣旨であつたと解するのが相当であるところ、本件約束手形の振出人たる被告曾根と受取人たる被告会社との間に反対の特約のあつたことを認めるに足りる証拠はないから、被告曾根は右約束手形振出に当り被告会社に対し暗黙に満期の日の補充権を与えたものと解すべきである。
被告曾根は又、取引社会において一般に手形の満期の日は振出の日から三十日ないし百二十日となす旨の事実たる商慣習があると主張し、これを前提として右約束手形はその満期の日から三年を経過したことにより消滅時効が完成したと主張するけれども、取引社会に満期の日を白地として振り出された手形につき、その満期の日を被告曾根の主張のように定めることの事実たる商慣習のあることはこれを認めるに足りる証拠はないから、同被告の右主張は理由がない。
次に被告曾根は、本件約束手形はその主張の部品購入の必要が生じたときにその代金として使用する目的を以て振り出されたものであるところ、その主張の事情により部品購入の必要が消滅したから右約束手形は不要に帰し、被告会社はこれらを被告曾根に返還する旨約定したと主張するけれども、被告北島武男及び同曾根政雄の各本人尋問の結果によれば、被告曾根は被告会社の代表取締役である被告北島から、被告会社が特許権を有する安全漏電火災防止器の製造の下請負を依頼されたので、被告曾根は右下請負のための工場施設及び材料購入等の必要があつたこと、そこで被告曾根は被告北島に対し資金の調達方を依頼し、同被告の要求により前記手形を交付したところ、被告北島は右約束手形を割引のため原告に交付し、原告から割引金を受領してこれを被告曾根に融通したことを認めることができる。
次に、被告会社及び被告北島武男の関係では原告がその請求原因として主張した事実は全部同被告等において自白するところである。
してみると、被告等は原告に対し、合同して本件手形金合計金百万円及びこれに対する法定利息の支払をなす義務のあることは明らかであるから、その履行を求める原告の本訴請求は正当である。